歌はCDに合わせて?
一昨日に引き続き今日はコドモ②のPTAでした。一年生は先生に従順でかわいいですね。鉛筆の持ち方の授業が滞りなく終わり、帰りの会が始まりました。習ったばかりの校歌を歌うのですが、先生はおもむろにラジカセのスイッチを入れ、子どもたちは録音された伴奏に合わせて歌いました。
とても上手でしたが、何となく違和感がありました。昔は、先生が教室のオルガンを弾きながら歌っていたような気がします。現場の事情もあるでしょうし、何らかのメリットがあって録音された音源に合わせて歌っているのだと思うのですが、音楽的にはどうなんだろうと思います。と言うのは、録音された伴奏は、歌に合わせることができないからです。歌が伴奏に合わせてゆくというのは一方通行です。もちろん、自由気ままにうたうのではなくて、伴奏に合わせて歌うのですが、伴奏も歌を聴きながら弾くので、そこには双方向のコミュニケーションがあります。つまり音楽とは、正確なテンポとリズムとメロディーで歌うということ以上に、一緒に音楽をしている人のコミュニケーションや、心のやり取りで成立するので、CDの伴奏ではそれが欠如するように思います。一緒に音楽を演奏していると、フッと心が一つになる瞬間があります。あの一つになった感じは音楽の中でも大切な要素だと思いますが。
そんなことを考えながら見てたら、高校生の頃や、大学の頃やってたバンドとか、大学のクラブでやっていた邦楽部の合奏とか、すごく楽しかったなあという思い出が蘇ってきました。一人でピアノ弾くのとは違う楽しさ。ブラバンとか合唱になると人数が多くなるので、個人の自由度は減るのですが、少人数の合奏って自由さと相手に合わせる緊張感とがちょうどいい具合で楽しかったです。コドモたちに楽器習わせて家族で合奏をしたいと思ったりもします。
お金が有り余っていたら、ぜひとも古楽器を習わせたいです。タブラトゥーラみたいな古楽器アンサンブルとかいいな。ビオラ・ダ・ガンバと、チェンバロとフラウトトラベルソの合奏とか素敵です。だれかがリュートをつま弾いていると、どこからかリコーダーで参戦してくるみたいな家だったらどんなに楽しいだろうかと。
リュートの音色は、ギター以上に素敵かもしれません。
まず自分がリュート習いたくなってきました。
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