2011年03月28日
いのちは一人にひとつづつ。
ビートたけしさんが今回の大震災に関して、雑誌に「二万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できない「一人が死んだ事件が二万件あった」ということだと書いてました。確かに報道では被害者数を伝える必要があるのですが、いのちは一人にひとつづつであることを忘れてはなりません。とても鋭いことばだと思います。
私の場合は牧師という仕事がら葬儀を執り行う立場にあるので、人の死に立ち会う機会は一般の方より多いかもしれません。
先週大切な方が亡くなって、葬儀を執り行いました。
キリスト教式の葬儀は葬儀社の方にお世話になりながら、葬儀の式全体を牧師が執り行います。悲しみの中にあるご遺族とともに、葬儀の準備を行い、大切に葬ってゆくということを心をこめて行います。そういう立場上、よりいっそう、いのちは一人にひとつづつであり、死もひとりに一度ずつであることを思わされます。
葬儀の役目を終えたところでご好意でいただいたシュークリーム。

こういう暖かさや優しさは、故人の暖かさを思い起こさせてくれます。改めていのちのつながりであることを思いながらいただきました。
今夜は最近知ったサラ・ブライトマンさんを。とても素敵な歌手です。iTunesにCDを読み込んだら自動的にクラシックに分類されました。クラシックかどうかは微妙だなと思いますが、ジャンルが何であれ、心に迫る良い音楽。いやされます。
私の場合は牧師という仕事がら葬儀を執り行う立場にあるので、人の死に立ち会う機会は一般の方より多いかもしれません。
先週大切な方が亡くなって、葬儀を執り行いました。
キリスト教式の葬儀は葬儀社の方にお世話になりながら、葬儀の式全体を牧師が執り行います。悲しみの中にあるご遺族とともに、葬儀の準備を行い、大切に葬ってゆくということを心をこめて行います。そういう立場上、よりいっそう、いのちは一人にひとつづつであり、死もひとりに一度ずつであることを思わされます。
葬儀の役目を終えたところでご好意でいただいたシュークリーム。

こういう暖かさや優しさは、故人の暖かさを思い起こさせてくれます。改めていのちのつながりであることを思いながらいただきました。
今夜は最近知ったサラ・ブライトマンさんを。とても素敵な歌手です。iTunesにCDを読み込んだら自動的にクラシックに分類されました。クラシックかどうかは微妙だなと思いますが、ジャンルが何であれ、心に迫る良い音楽。いやされます。
Posted by せさみん at 22:36│Comments(4)
│仕事
この記事へのコメント
彼女の歌声は天使という表現がピッタリです。海の中、もしくは風の中にいる幻想です。大好きです(^-^)b
Posted by てふてふ at 2011年03月28日 22:48
てふてふさん
本当に天使のような歌声ですね。
結構音楽聴いて来た人生ですが、以外と有名な方を知らなかったりして日々発見があります。音楽っていいなと改めて思います。
本当に天使のような歌声ですね。
結構音楽聴いて来た人生ですが、以外と有名な方を知らなかったりして日々発見があります。音楽っていいなと改めて思います。
Posted by せさみん
at 2011年03月29日 08:20

災害の犠牲となって亡くなられた方、危機一髪で生き残った方
同じ地域で同じように被災されながらも逆の結果
その違いは何なのか・・・
テレビに映る津波の映像では、波に飲み込まれていく人や、人が乗っている車が飲み込まれる様が・・・
神はどうしてあれほど多くの犠牲をお求めになったのか・・・
これも人の運命と割り切らなくてはならないのかもしれませんが、割り切れないですね。
まだ見つかっていない犠牲者も多いと聞きます。
そこにあると分かっていても、移動できないご遺体もあるそうです。
涙の雨が降ろうとも、放射能を伴ったりしているようです。
やるせないですね。
同じ地域で同じように被災されながらも逆の結果
その違いは何なのか・・・
テレビに映る津波の映像では、波に飲み込まれていく人や、人が乗っている車が飲み込まれる様が・・・
神はどうしてあれほど多くの犠牲をお求めになったのか・・・
これも人の運命と割り切らなくてはならないのかもしれませんが、割り切れないですね。
まだ見つかっていない犠牲者も多いと聞きます。
そこにあると分かっていても、移動できないご遺体もあるそうです。
涙の雨が降ろうとも、放射能を伴ったりしているようです。
やるせないですね。
Posted by ペーター at 2011年03月30日 20:52
ペーターさん
人間は死を自分で選べないのだと改めて思わされました。
割り切れないままですが、自分で生き方を選ぶことのできる一日を、大切に生きていくことが残された者の使命のような気がしています。
人間は死を自分で選べないのだと改めて思わされました。
割り切れないままですが、自分で生き方を選ぶことのできる一日を、大切に生きていくことが残された者の使命のような気がしています。
Posted by せさみん
at 2011年04月01日 23:08
